ESSAI
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    女帝問題考

    平成17.1.26



     女帝問題に関する有識者会議が始まった。女帝もよろしかろう。永世皇族制度廃止も悪くない。そもそも宮家というのは皇統の断絶を防止する装置なのだ。女帝に難色を示す陣営の最大の懸案はここにある。日本史上、すべての女帝は欧州王室のような性格ではなく、仲天皇(なかのすめらみこと)として登極したのであって、紆余曲折を経ながらも皇統は男系に保たれていた。現に今上帝より男系に限って系図を辿ってみても、途中、無冠の皇子や王、北朝の諸帝などを経由して神武まで遡ることができる。歴史時代なら光仁帝、先史ならば少なくとも敏達帝までは万世一系なのだ。もちろんこの万世一系が途絶えかけた危機の時代はあった。古くは武烈帝亡きあと、応神五世の孫、継体帝を越の国から迎えたとき(ここで断絶したという説もある。恐らく真実だろう)、近くは後桃園帝が男子嫡子なきまま崩じたときだ。このとき朝廷は3代目閑院宮を招いて天皇とした。第119代光格帝である。閑院宮家は江戸時代前半新井白石の建議を容れて、第113代東山帝の第2皇子、秀宮直仁親王によってたてられた、当時としては新しい宮家だった。先代の知恵がここに生きたのだ。
     天皇家はこれまでにも多くの皇后を皇室以外の公家から得てきた。帝の直接の母が皇后ではなく女御だったこともざらではない。それゆえ長い目で見ると初代神武(神話上の帝で実在性に乏しいが、話を簡単にするためにここでは神武を皇室の始祖として扱う)の血は相当薄まったと思われるが、ひとつだけ確実に変わりなく受け継いでいるものがある。すなわちY染色体だ。ご存知の通りヒトのオスのハプロイド細胞、つまり生殖細胞はXかYの染色体を有し、一方メスのハプロイド細胞はX染色体しか有してない。よって子世代のオス、男子が有するY染色体は、必ず父のものに由来する。つまり今上帝のY染色体は神武帝に直接由来するのだ(確実なところでは光仁もしくは敏達帝だろう)。
     ここで女帝の配偶者を誰にするかが問題になる。欧州の諸王室のように王室以外の男性を迎えた場合、生まれた男子に皇室のY染色体、すなわち女帝の父帝のY染色体は受け継がれない。もちろんシステムとしての生体細胞は皇室に由来するが、パラメータ情報としての染色体、およびそこに含有される遺伝子はまったく受け継がれない可能性を秘めている。なぜならX染色体を含むほかの45本の染色体は、1/2の確率で父母いずれかに由来するものだから、長い歴史のうちでとっくに神武帝のそれとすべて異なっている可能性が高い。初代から連綿と男系皇統に受け継がれるもの、万世一系の伝統はこのY染色体1本にかかっているのである。
    女帝の子供に継承権を与えるかどうかはこの問題とリンクする。女帝の配偶者が皇室以外から迎えられ、その子が登極した場合、たとえ男子であっても彼のY染色体は皇室ではなく、父の家系に由来する。皇統の証はここで断絶するのだ。欧州王室が女帝以後、家の名を変える所以がここにある。
     ではY染色体を次世代に残す手だてはないのか。現皇太子夫妻の次子は別として、現存する宮家に想定される未来の女帝に適する男子は見受けられないし、誕生する気配はおろか可能性すらほとんどない。ひとつだけある。戦後臣籍降下した諸宮家の男子を迎え入れることだ。彼らは身分こそ市民だが、その男子は確実に皇統のY染色体を受け継いでいる。つまり女帝の男の子供にY染色体が帰るのだ。永世皇族制度の廃止がここに絡んでくる。女帝の配偶者に皇族身分を与えることを含んでいるからである。もとより身分そのものに意味はない。ただそうすることによって万世一系の本質、Y染色体の維持をはかることができる。この場合の最大の問題は、未来の女帝が恋愛の自由を剥奪されることだろう。
     検討は始まったばかりだ。欧州王室の途を選ぶことも時代の流れである。ただ、そうなった場合、ひとつの伝統がそこで失われることは間違いない。伝統はともすれば軽視されがちな世情ではあるが、伝統は伝統であるがゆえに尊重されねばならないのもまた事実なのだ。

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