ESSAI
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蚰蜒、とかく

平成10.10.01

 仲秋の名月まであと5日の今日は旧暦で云えば8月11日、十日余りの月が半身を晒してぼちぼち餅でも搗こうか芒でも採ろか、てな具合だが、先だっての日曜辺りから急に寒くなってきて、朝起きるのもかったるい。
 寒露も目の前、蒲団が恋しい朝まだき、隣は何をする人ぞ、つうわけでもないが、何か、ふと、境の壁を見上げてみれば、いるじゃあありませんか足千本
 つまり、茶色のすばしこいヤツだ。節足動物門唇脚綱、盾持野郎の盾持侍。俗にゲジゲジと呼ばれる、発条みたいな体のゲジ目ゲジ科の親玉です。なに、盾持野郎てえのは、scutigeromorpha scutigeridaeつうのを直訳してみただけのことでありまして、おおかたドイツかイギリスの想像力奔放な輩が、苦し紛れに名付けたんでありましょう。ちなみに英名はヤスデと同じmillipede、千本足というらしい。

 ゲジゲジ。
 なんだってまァ、人の部屋に潜り込んだのか。風呂場や台どこ、お手洗いなら話も判るが、そんなにわたくしの部屋は魅力的だったかえ? 確かに以前ジョロウグモが棲み着いたこともあるが・・・
 世界にゲジゲジ(彼の正しい名前はゲジと云います。きゃきゃといい、パンパンといい、繰り返すのは下卑た物云いで、しかし、げじげじ、こいつは繰り返したほうが愛嬌があってよい)は80種余り、暖かいところを好むがゆえに、日本も北海道には少ないらしい。いやさゴキブリといいカマドウマといい、気色悪いムシは大概寒いのが嫌いなようだ。ゴキブリも鹿児島のほうまで行けば、10センチ近くにもなる種がいる。というよりも、なべて生物、あったかいほうが生き易いわけで、何もゲジに限ったことではあるまい。
 で、わが暗渠、じゃなくて庵居に闖入いたしたゲジ先生、壁にぴたっと張り付いて睨みおる。こいつに殺虫剤ぶっかけるのは人の勝手だが、わたくしはそんな無粋なマネはいたしません。
 大体クジラだろうがイルカだろうが、保護だの殺すなだのうるさいのは、きゃつらが絶滅に瀕しているから、つうのは建て前で、ホントの理由は「殺すな」の後にくっつく言葉で判る、「かわいそう」。なおもヒドイのになると「かわいいから」とのたまうが、じゃあハエハエカカカにアブクモゴキブリ、ウンカにシラミにゲジゲジだって、かわいけりゃ「殺すな」って云うんかい。云うだろな。ま、かわいいと思う奴ァそうはいまいが。
「かわいい」「かわいくない」の感覚だけで、生死の境目裁定されるた、ちとエゴイスチック過ぎやしまいか、と思ってみるも、もとより人間、エゴの塊、「かわいい」「かわいくない」でなきゃ「害」「益」の別で決めるだけのコトだから、あとは価値基準の問題、と云ってしまえばそこで話は堂々めぐり。つまんない議論は別ンとこでやるとして、本題に戻るぞ。

 くだんのゲジゲジ、うまい具合にじっとしているのを幸い、わたくし、とくと観察してみた。体長5センチ強、見事にくの字に折れ揃った歩肢15対(成虫は等しく15対でして、20も30ももってるヤツはすでにゲジではありません)。黄色と黒の胴体が、何かに似ていると思ったらガの幼虫か。その一端から軽やかに伸びる2本の触角。付け根には1対の複眼。動体視力はいたって優れており、飛んでるハエも跳びかかり捕食するというはしこいヤツ。ちなみにゲジは生きているムシしか食さぬグルメでして、いやしかし、ハエクモイナゴにゴキブリすら喰うときた日にゃむしろ悪食か。
 ゲジゲジをじっくり見たことのある暇な方ならご存じだろうが、体の一方の端がちょいと持ち上がり、歩肢1対をついと後ろへ伸ばしている。そう、後ろへ伸ばしているんであって、ありゃアタマではありません。オオゲジの学名をthereuopoda cluniferaと云い、強いて訳せば「尻上げ狩足」(thereuo狩る+podi足 clunis尻+fero運ぶ)となる寸法。追い払うつもりが突如後ろだと思っていた側に突進してきて、吃驚した人もいるんではないか。彼らの足の速さは瞠目すべきで、だてに30本持ってるわけじゃない。飛ばないだけゴキよりマシ、なんて嘯ける人もあまりいないだろう。
 ひと通り眺めたわたくし、人に危害は加えぬまでも、なんかこう、気味の悪い(失礼だが)ムシであるのは否めないので、タバコの煙を吹きかけて、窓側へおっぱらおうと思ったらやっこさん、煙のほうへ駆け出してきましたね、あの15対の脚をぞぞと波打たせ。汝、走煙性の気ありや? とて咄嗟の造語でちと慌てたが、そのうち衣紋掛けの裏に隠れて今頃ベッドか本棚の蔭。最前も書いた通り、ゲジは衛生害虫を退治する上に、人には危害を加えぬ益虫の鑑ですんで、ま、いっか、とうっちゃったけど、やっぱ夜中に寝てる上歩かれたらたまらんわ。

 俗諺に「げじに頭を舐られると禿になる」と云う。むろん、事実無根である。オオゲジ、最大で体長6センチ超、歩肢を伸ばして20センチ余り。馴れればきっとかならずぜったいかわいいもので、掌に乗っけてなぜくり倒すのも一興かと・・・
 思わねえよな、ふつう。

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Copyright(C)1998 Yoshitane Takanashi